日米の株式市場の値動きが、再び荒っぽくなっている。きっかけは、少し前になるが、やはり7月30~31日に開かれたアメリカの連邦公開市場委員会(FOMC)の声明発表後に行われたFRB(連邦準備制度理事会)のジェローム・パウエル議長の会見だろう。
すでに市場は9月17~18日のFOMCでの利下げを確実だと見なしているが、パウエル議長が利下げ転換に踏み切る可能性に言及したのは7月会合が初めてだった。「このままインフレが順調に落ち着いてくるなら、利下げを検討することになる」との見方を示したことで、利下げはいよいよ実現する可能性が高まった。だが、これが結局のところ、当面の買い材料出尽くしとなってしまったというわけだ。
■今までの市場が楽観的すぎた?
利下げが株価の上昇材料となりにくくなったことで、ここから市場の注目は当然のように同国の景気動向に移った。FOMC後に発表された7月ISM製造業景況指数や7月雇用統計が低調だったことから8月初旬は景気減速に対する懸念が高まり、長期金利の急速な低下→円高→日本株暴落の一因をつくることになった。
その後、米国株は何事もなかったように、NYダウ工業株30種平均などは8月30日に史上最高値を更新したものの、結局は9月1週目に再び景気下振れリスクが再燃。3日に発表された8月ISM景況感指数が7月に続きに弱かっただけでなく、6日の8月雇用統計は非農業部門の雇用者数が前月比14.2万人増となった。
これは市場予想を下回っただけでなく、過去の6・7月分も下方修正された。S&P500種指数は1週間で約4%も下落したが、売り一色の状態になったのは必然だったといえる。
なぜ市場の変動率が大きくなっているのか。理由は比較的簡単だろう。実はアメリカの景気減速は今に始まったことではない。すでに、FRBが昨年7月のFOMCで政策金利であるFF金利誘導目標を年5.25~5.50%に引き上げて以降、すでに1年以上景気抑制的な金利が維持されていることの影響を考えれば、むしろ悪化は遅すぎたといってもいいくらいだ。
それでも株価が堅調で、何度も史上最高値を更新してきたのは、AI(人工知能)に対する過度の期待や、利下げで景気悪化が食い止められるという楽観的な見方が支配的で、景気減速のリスクが過小評価され続けてきたからだろう。
より長期的な視点に立つと、AIは確かに経済を加速度的に発展される可能性を秘めている。だが、過剰なまでの投資効果がすぐに表れるわけではない。
中央銀行の金融政策が経済に影響を及ぼすようになるには、少なくとも半年から1年以上の期間を要することを考えれば、今度は、利下げによって景気悪化をすぐに食い止めることは不可能だ。将来的な景気の減速は避けられないという現実に、市場が直面せざるをえなくなったことによって、不安が極度に高まったというだけの話だ。
では今後、景気はどの程度悪化するのだろうか。市場が期待している経済のソフトランディングは、まだ実現する可能性が残っているのか。それともハードランディングになってしまうのか、はたまた深刻なリセッション(景気後退)に陥ってしまうのか。
結論から言えば、現時点ではまだわからないというのが本音だろう。2020年以降の経済成長と株価上昇は、新型コロナウイルスの感染拡大以降に打ち出されたFRBの極端な金融緩和策や、政府によるかつてない規模の財政支出によってもたらされた要因が大きい。
前例のないほどの大規模な政策によって作られた好景気と株価上昇だっただけに、それが終わる際の展開も、また前例がないものとなる可能性が極めて高いのではないか。「◯◯ショックの際の状況に似ている」「××危機の際のパターンに似ている」などといった意見が出ているが、そうした分析は話半分程度に聞いておき、予想ができないような事態になることも頭の片隅に入れておいたほうがよいのではないだろうか。
■今後はまだ楽観的なシナリオ実現もある?
とはいえ、前例がないからと言って、何も見通しを立てずに手をこまねいているだけというわけにもいかない。ここでは現実的な見通しの中で一番よいものと悪いものの2つを紹介したい。その際に最も重要なカギを握るのは、やはりインフレ動向ということになりそうだ。
市場にとってベストのシナリオは、このままインフレが徐々に鎮静化し、FRBが9月17~18日のFOMCで利下げに踏み切ることだろう。すでに金融引き締めの効果が出てきているのであれば、仮に0.5%の利下げに踏み切ったとしても、すぐに景気のさらなる悪化を食い止めることはできないかもしれない。
だが、逆に言えば、それはある程度想定済みということもできる。むしろ、利下げによって市場が安心感を取り戻し、消費者心理の悪化が食い止められる可能性に期待したいところだ。
今後、アメリカ経済が第4四半期(10~12月)あたりにマイナス成長に陥っても、その後経済が回復、リセッション(2四半期連続のマイナス成長)を免れることができるなら、むしろ2025年の年明け以降は金融緩和の効果も現れ始め、相場も回復に転じるのではないか。
ただ、一方でインフレが予想外に高止まり、FRBが積極的に利下げを進められない状況に陥れば、事態はかなり悪くなる。確かにここまでインフレは順調に鈍化してきたが、まだ目標としている2%に到達したわけではない。まだまだ高い水準にあるサービスの価格や住居費が本格的に下がってこなければ、さすがにインフレ圧力が再度高まる可能性は低いとしても、インフレ率が例えば3%前後で高止まりすることも十分にありうる。
今の株高は、インフレ鈍化とFRBの利下げ実行、継続を大前提として動いているだけに、これが崩れた際に株式市場がパニック的な急落を見せることもないとはいえない。株価の下落は消費者心理に直結するだけに、そうした事態に陥れば、来年前半にかけてリセッションが続くことがあっても、何ら不思議ではないと考える。
■市場が安心感を取り戻すことはできるのか
とはいえ、まだ断定まではできないが、アメリカの景気の先行きがおぼろげながら見えてきたのではないか。11日に発表される8月のCPI(消費者物価指数)がまだ残っているが、前述のように8月の雇用統計など、9月に入って再び弱い景気指標が相次いで出たことで、リセッション入りに対する懸念が強まっている。
9月18日に予想されるFRBの利下げによって、市場が安心感を取り戻すことを祈っているが、今後のアメリカの株価の調整圧力がかなり強くなる懸念も出てきたのではないか。